Part6へ


 「うわあああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!



 何度絶叫したか。漸く声が出て気が付くと、そこは病室のベッドの上だった。
 慌てて自分の身体を見てみる。
 汗でびしょびしょになっていたが、ちゃんと服を着ている。何処も怪我をしていない。目玉もしっかり付いている。況や黒焦げにも。
 (夢・・・?しかしリアルな・・・)
 夢にしてはリアリティありすぎだ。実際にあんな痛みや熱さまで感じてしまう夢が一体何処にあるというのだ。
 それに、どうして自分は病室で寝ていたのだろう。
 外を見てみると、もう朝だった。カーテンの隙間から陽の光が差し込んでくる。
 竜彦は訳が分からず、ベッドの上で座ってしばし呆然としていた。
 すると――

 ガチャ

 病室のドアが開き、数人の人が入ってくる。
 「竜彦君、気が付いたか」
 「おじさん・・・」
 それは祥子の父と、それから――
 「何はともあれ何も無くてよかったわ。集中治療室で倒れているの見たときはびっくりしちゃったけど」
 祥子の母。昨日とうって変わってどこか明るい表情だった。娘が死に掛けているのにどうして――そう考えた矢先、別のほうから声がする。
 「ごめんね。あの時、うち・・・じゃなかった、私何が起こったか全く覚えていなくて。気が付いたら外を歩いとったから」
 祥子だった。彼女は病院服を着ていたが、それ以外はいつも通りの様子で彼が眠っていたベッドの側に立っていた。
 「祥子・・・どうして・・・事故は?」
 「それがね。昨日の夜になって突然意識を回復したのよ。お医者様の説明では、植物人間になってもう長くは生きられないと言われていたから、本当にびっくりしたわ」
 祥子の代わりに彼女の母が説明する。
 「ただ、その時祥子が集中治療室から抜け出していなくなってね。それを見つけたときにあなたが代わりに倒れてたのよ。お医者様が言うには頭部の負傷で軽い記憶障害にかかっていて、パニックを起こしたからだろうって。幸い病院の庭を歩いているのを見つけて病室に戻したの。」
 「竜彦君は精神的疲労が溜まっていただけらしいから、今日にも退院していいそうだぞ。祥子は検査とかあるからまだだが」
 つづいて祥子の父が状況を説明してくれた。だが、今の竜彦にはそんなことはどうでもよかった。彼の目は祥子だけを捉えていた。
 祥子はニコニコと微笑って竜彦を見ていた。しかし、その笑顔はこれまでの祥子の笑顔とは違う。全くの他人が見たら気付かないだろうが、竜彦には分かった。それに、言葉の端々に現れる変なイントネーション。それはまるで――

 「お父さん、お母さん。祥子さんのことについて少々お話が」
 いつの間にか後ろにいた医師に促され、祥子の両親は竜彦に別れの挨拶とお礼を述べて病室から出て行く。
 「祥子、お前は病室に戻りなさい」
 父の言葉に、祥子は手をちょこんと合わせて『ごめん』のジェスチャーをする。
 「ちょっと、竜彦君と話したいことがあるから」
 父は少し考えたが、『わかった』とだけ言い残してドアの外へと消えていった。



 「・・・」
 「・・・」
 二人の空間を沈黙と緊張が包む。
 祥子の表情はさっきまでとはがらりと変わり、昨日みたいな激しい怒りは無いものの、余り友好的ではない感情を帯びたものになっていた。
 だが、いつまでも黙っている訳にはいかない。まず、竜彦が口火を切る。

 「・・・あんたは誰だ?祥子・・・なのか?」
 祥子――いや、祥子の姿をした少女は首を横に振った。
 「うちは祥子という人間じゃないよ。ただ、身体を借りているだけ」
 「身体を借りてるって・・・意味分かんねぇよ」
 彼女の言葉の意味が竜彦には理解できなかった。少女はその様子を見て苦笑いする。
 「簡単よ。うちは幽霊じゃ。幽霊がこの身体に乗り移ったの。多分信じられんじゃろうけど」
 「はぁ?!」
 いきなり飛び出た超常的な単語に竜彦はたまげる。いくら何でもそんな事があるものか。確かに、あの夜見た青い光は説明を付け難いが、幽霊なんて話は余りに馬鹿げている。祥子は頭を打って本当におかしくなってしまったのか。
 だが、少女はそんな竜彦に構わず続ける。
 「信じられんじゃろうけど、事実よ。昨日見せたあれがその証拠。あれはうちの持ってる記憶なの。うちがあなたに掛けた呪い」
 竜彦は反論を試みる。昨日のは夢で片付けるにはリアリティがありすぎる。でも、そんなことが本当に――呪い?――確か、あの時・・・



『うちは、あなたを赦さない。・・・だから、あなたを呪う』



 「呪いって・・・・・・」
 「あなたはうちや級友たちを傷つけた。だから、霊力を注ぎ込んで呪ったの。うちが死んだ日に見て、聞いて、感じた全ての記憶を見せて、あなたも同じ目にあってもらったんじゃ」
 「・・・」
 納得はいかないが、そう考えると辻褄は合う。あの中で、身体は自分の意思のとおりに動いてはおらず、何か別の意思が身体を動かしていた。そして、黒焦げになった自分の身体を見たとき、余りの衝撃で考えが及ばなかったが、
 自称幽霊の少女はさらに続ける。
 「本当は最後まで見せて発狂の一歩手前まで追い込もうと思ってたんじゃけどね。途中で看護婦さんに部屋の異常に気付かれて、中途で止めてしまったの」
 さらりととんでもない事を言う。
 「・・・でも、途中まで見てもどうじゃった?うちらは、ああいう風にして、死んだの」
 「・・・確かに、酷かったし、もうあんな思い二度とごめんだ・・・でも、どうしてあんな事までするんだよ!そこまでされるような事をしたのかよッ!!」
 竜彦の声の調子は次第に怒りを含んだものに変わっていった。
 少女はそれを見て悲しそうな顔をする。
 「あなた、まだ分からないの?」
 「別に、ただ石にちょっと傷つけただけだろ?・・・確かに、悪かったと思ってるけど」
 「うちが言っているのは、あなたがやった行為じゃないんよ。あなたは石碑を傷つけたとき何を考えてた?」
 「それは・・・」



 慰霊祭があるから
 ここにこんなものがあるから
 ここで名も知らぬ女学生たちが勝手にくたばったから



 「うちは六十年幽霊やっていたから分かるけど、霊ってね、人の精神そのものなの。じゃから、人が隠している感情も思考も全て見通すことが出来るんじゃ・・・」
それを聞いて竜彦は逆に開き直る。
 「そうだよ。何で六十年前のことで俺らが色々犠牲にならなくちゃなんねぇんだ?俺はずっとそれがむかついていたんだよ!!」
少女に向かって喚き散らす竜彦。その言葉を聞いて、少女は決心したように頷いた
 「そう・・・わかった」
 「何だよ」
 訳が分からず悪態をつく竜彦に、少女はこう言い放った。


 「暫く、この身体を借りるよ」


 「な、何言ってんだ?!」
 「言っても聞かないんじゃったら、呪って聞かせるだけ」
 少女の突然の宣言に竜彦は慌てる。
 「ふざけんなッ!!祥子はどうなるんだよ!!!」
 しかし、少女は首を振る。
 「どっちにしたって駄目よ。あの時あなたに霊気を注入したときの作用でこの身体から離れなくなってしまったんよ・・・」
少女の言葉に竜彦は固まる。
 「嘘だろ・・・?」
 「嘘言ってどうするのよ。とにかく、暫くはこのまま。大丈夫、あなたが改心するまでには、うちもいなくなるじゃろうし」
 「改心って・・・」


 「それまで、たっぷり聞かせてあげる。六十年前の真実を。」


 そう言いながら少女は話は終わりと言わんばかりに病室から出ようとする。
 「ちょっと待てよ!」
 竜彦は慌てて止めようとするが、祥子の姿をした少女は耳を貸さないといわんばかりに無言でバタンッという音を残して消えていた。

 「一体何なんだよ・・・」
 竜彦は、訳のわからぬまま誰もいないドアの先を見つめた。


To be continued…


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